若い男が薄汚れた路地の小さな店へ入っていった。
男は毎週土曜日に栗鼠を探しに出かけるのを習慣としていた。
毎週金曜日になるとご機嫌に鼻歌を歌いながら仕事を済ませて、定時が来るとすぐに仕事場を抜けて行きつけのカメラ屋に向かうのだった。その日は何があっても残業をしないのが彼のルールであった。金曜日に残業をしないために日々の仕事の分量を定めているのだ。
男が入ったのはカメラ屋であった。
男が入ったカメラ屋は前世紀のフィルムを使用する銀塩カメラを手製で作っている数少ない店である。このような店は世界中を探したところで10も見つからないだろう。
横幅が一メートルほどしかない狭い店だ。照明が一つしかなく、薄暗い店内には奥のカウンターまで左右の陳列棚にカメラがびっしり置かれている。男は電子ゴーグルをかけてカメラの点検をしている老人に話しかけた。
「おやっさん、いつものやつだ」
男の言葉に老人は顔を上げて、ゴーグルを外した。皺だらけのしょぼしょぼした目があらわになった。
老人は何も言わずに円筒状の小さくて白いプラスチックケースを差し出した。
男は財布から札を一枚出してそのプラスチックケースを受け取った。持ち上げた時、からんと中に入っているものが音をたてた。
「また栗鼠かい」
老人は低い声で呟いた。
「ああ、こいつは俺がじいちゃんから受け継いだ使命みたいなものだ」
男は誇らしげにそう答えた。
「あんたの親父さんはやらなかったよ」
老人はそう言ってカウンターの引き出しからぼろぼろの布切れを取り出しゴーグルを拭きはじめた。
「でも俺はやるんだ。あんな腑抜けと一緒にしないでくれ」
「それは違うぞ。親父さんは」
老人が言いかけたのを男はさえぎった。
「わかってるよ。一代であれだけの大企業を築き上げた親父にはそんな暇はなかっただろうね」男の言葉には皮肉が含まれていた。
「そうだ」老人はため息まじりに続けた。「そしてそれは簡単にできることじゃない。少なくとも不器用なあの爺さんやあんたにはできないことだ」
「俺が親父に劣っていると?じいちゃんが親父に劣ってるっていうのか?」
男は声を荒くした。
老人は何も答えず目をつぶってゴーグルを拭いていた。男はカウンターを両手でばん、と叩いて老人に背を向けた。
「栗鼠は、どこかにいるはずなんだよ」
「爺さんもそういってたよ」
老人は布切れを仕舞って、ゴーグルを再びかけた。かちゃかちゃとカメラをいじる音が始まった。
「じいちゃんは言ってたよ。死ぬ前に栗鼠がみたかった、って。もし親父が本気になれば世界中をくまなく探すこともできたはずだ」
男は棚に並んだカメラを眺めた。棚は埃が積もっているのに、カメラはどれもうそのように綺麗だった。
「爺さんがそれを望むと思うか?」
男は振り返って老人を見た。ゴーグルがこちらを向いていてその中に男の姿を映していた。
「終わりよければ全てよし、じゃない。そうだろ?」
男は無言でうつむいた。
「あんたの親父さんは立派なことをしたよ。もちろん爺さんの生き様も素晴らしかった。もし親父さんが世界中に調査員を派遣して栗鼠を探したとして、それでも見つからなかったとしたらどうだ?爺さんのやっていたことは全て無駄になるし、お前だって栗鼠探しなんてしない」
「栗鼠はきっと見つかる」
男の言葉は弱弱しかった。
「そんな保障がどこにある?実際もう一世紀は発見されていないんだ。確立でいえば見つからない確立のほうが高い。少なくとも親父さんはそう考えるやつだ」
「……俺は、じいちゃんに栗鼠を見せてやりたかったよ」男は白いプラスチックケースのふたを開けて、中に入っているものを取り出した。
それは黒いフィルムであった。男はそれを手のひらの上で転がした。
「だから親父さんはお前に託したんじゃねえか」
老人はゴーグルをはずして整備の終わったカメラのストラップを首にかけた。そのままカウンターを出て、男の前でカメラを構えた。
「おやっさんにも何か夢があるのか?」
男は訊いた。
「俺の夢は叶ったよ。夢をかなえた大人は若い人間のサポートをするのが仕事なんだ」
老人はシャッターを切った。
写真に写ったのは自信に満ちた顔の若者だった。
アトガキ
しばらく書いてなかったのでちょっと練習もの。
えーっと。これはSF……SFでいいのだろうか?まあ一応未来が舞台だし?一応SFモドキです。
なんとなくディックっぽい感じに仕上げたかったんです。ロボットは出てこないけど、栗鼠が絶滅しているあたりで。
あとカメラのことはよくわかんないのでちょこっと調べた程度です。ストーリーにもあまり詳しいことは関わらせなかったのですが、何か変なところがあれば教えてください。