少年達の集まりがあった。
見た目からしておそらく全員中学生か高校生だろう。しかし、彼らは平日の昼間から、人気の少ないあるシャッターの下りた店の前に自転車を置いて集合していた。彼らは延々と談笑していたが、どこか退屈そうだった。
その中で一番背の低い少年は何故かふてくされたように一人そっぽを向いて、たばこを取り出して口にくわえた。
背の低い少年はジーンズのポケットの中をごそごそとあさった。まず右をしばらくあさった後、左をあさり、後ろポケットにも手を入れてから舌打ちをした。
「おい。火いかしてくれ」
彼は背中の向こうにいる少年達に言った。
少年達はみんなで顔を見合わせた。そして、彼らの中の髪を逆立てた少年が笑って答えた。
「誰ももってねえよ」
背の低い少年はもう一度舌打ちした。口に咥えたたばこを箱に戻して毒づいた。
「ライターかマッチぐらい持ち歩いてろよ」
髪を逆立てた少年はため息をついて言った。
「だったら自分で持ってろよ。だいたい俺らすわねえし」
彼らの中の眼鏡をかけた少年はそっぽを向いている背の低い少年に近寄って、肩に手を回してなだめるように言った。
「そんなにカリカリするなって。女にふられたか?」
「ちげえよ」
「ん?まあ、気にすることはないって。とにかくたばこはやめとけ。身長伸びないぞ」彼らの中の太った少年が鼻で笑った。
背の低い少年は肩の手を払って立ち上がった。
「大きなお世話だ」
そしてそのままタバコの箱をぶっきらぼうにジーンズのポケットに突っ込んでから少年たちに背を向けて自転車に乗った。
「ん?どこ行くんだ?」
「帰る」
「昼から学校行くんじゃなかったのか?」
髪を逆立てた少年が訊いた。
しかし、背の低い少年は何も答えず、立ちながら自転車をこいで立ち去っていった。
少年たちは顔を見合わせ、肩をすくめた。
それから少年たちは鞄を持って、それぞれ自転車に乗って学校に行った。
背の低い少年は家に帰ると、すぐに鼻を押さえてしかめっ面をした。
そして玄関に鞄を放って、二階に続く階段を上った。鼻は押さえたままで、息苦しそうだった。
少年は階段を上ってすぐ左の部屋の扉を勢いよく開けた。
カーテンを閉め切って電気もついていなくて暗い部屋だった。そこには体中に奇妙な赤い模様の描かれた半裸の少女が目を瞑り、座禅を組んで座っていた。
彼女の前には大量の御香がたかれていた。
「姉ちゃん。ちょっとは換気しろよ」
少年はそう言って部屋のカーテンを開けようとした。すると大声で「邪魔しないで」と少女が言った。
「もうすぐ降りてくるんだから」
「何が?」
少年は鼻を押さえたままくぐもった声で訊いた。
「偉大なるタタタ神よ」
少女が唇を吊り上げてそう答えると、少年はため息をついて部屋を出た。
少年はどたばたと家中を走り回って窓を開けた。
少女の部屋以外の二階の部屋の窓を開けてから、階段を下りて一階のキッチンの窓を開けた時、少女の悲鳴が聞こえた。少年はあわてて階段を駆け上がって彼女の部屋に向かった。
ドアを開けると、少女が仰向けに倒れていた。
少年は恐る恐る近づいて彼女の顔を覗きこんだ。少女は大粒の汗を浮かべ、嗜好の喜びを見つけたような笑顔で気を失っていた。
少年は部屋に並べられた御香を全て一階の洗面所へ持ってゆき、洗い流した。それから少女の部屋の窓を開けて気を失っている少女に上着をかけてやった。
少年は洗面所で手を洗ってから、リビングのテーブルに置いてあった紙袋からをドーナツを一つとって食べた。
するとばたばたと階段を下りてくる音がした。
少女が服を着てリビングに現れた。顔や腕に奇妙な模様が覗いていた。
「あー。それあたしのドーナツ」
彼女は少年の持っている食べかけのチョコドーナツを指差して言った。
「別にいいだろ。一個ぐらい」
少年は食べながら言った。
「チョコは絶対にあたしのなの。あんた知ってて食べたでしょ」
少女は声を大きくして言った。
「二つあったぞ」
少年はドーナツの最後の一切れを口の中に放り込むと入っていた紙袋を覗きこんだ。
「どっちもあたしの。せっかくあんたのためにイチゴも買ってあげたのに。この、バカ」
「はいはい、悪かったよ。今度俺が買ってくるから、それでいいだろ」
「絶対チョコ二つ買ってきなさいよ」
少女は紙袋からチョコドーナツをとって、一口かじった。そして満面の笑みで言った。
「んー。あたしチョコドーナツとタタタ神さえあれば生きていけるわ」
背の低い少年は夕暮時にあるアパートの一室を訪れた。
少年は部屋のチャイムを鳴らしてから、しばらくじっと立っていた。それから三十秒毎にチャイムを鳴らした。
それでも誰も出てこないので部屋のドアを何度も叩いた。
「先輩。いるんでしょう。出て来て下さい」
少年は大声を出しながらドアを叩いていた。
それから数分してガチャとドアの鍵が開く音がした。少年はドアを開けて部屋に入った。
目のしたに大きな隈をつけた猫背の男が半目で立っていた。寝癖のついた頭をぼりぼりかいて、そのたびに白いふけが舞った。
「んだよ。講義終わって帰ってきたばっかだっつうのに」
男はそう言うと大きなあくびをした。
「忘れたんすか?今日中に金返すって言ってたじゃないすか」
「ん?ああ。そうだったな。まあ、あがれや」
男は眠そうに言った。
少年は靴がたくさん並んだ玄関の隅に自分のスニーカーを置いて部屋に上がった。
男の部屋はパソコンや周辺機器でいっぱいだった。
男は作業机らしき机の椅子に座った。
「そのへん座れ」
男はそう言って机に大量に積まれた紙や封筒やらをあさった。
少年はCDのプラスチックケースやら菓子袋やら缶ビールやら古雑誌やらが散らばっている床の中に座れるほどのスペースを作り出して腰を降ろした。
「えーと。これかな?」
男は茶封筒を取り出して中身を確認すると、少年に放った。
少年は床にあぐらをかいたまま手前に落ちた封筒を取って、中身を確認した。
「別に返ってきたからいいんすけど、何に使ったんですか?」
少年がそう訊くと、男は笑みを浮かべて机の引き出しを開けた。その中には黒い拳銃が一丁入っていた。
「本物の銃だぜ。かっくいいだろ」
男はそれを手に取って構えてみせた。
「どこで手にいれたんすか。そんなもん」
「ん?俺の先輩の友達から買ったんだよ。いいだろ、これ」
男はばんと言って銃口を上げ、拳銃を撃つ真似をした。
「ハッキングとかもまだやってんすよね?家宅捜索とかされたらどうするんすか?ケーサツに捕まってテレビとかで取り上げられても知りませんよ」
少年が呆れたように言うと、男は歯を剥いて笑って言った。
「バーカ。このスリルがたまんねえんだろうが。やっぱ刺激ってのは必要だぜ」
少年はその後男に渡された缶コーヒーを飲んでから、部屋を出た。
背の低い少年は俯いて暗い夜道を歩いていた。
ときおり強い風が吹いてざわざわと木々がざわめいた。
何人か酒に酔った大人達とすれ違った。ある大人はふらふらと歩いていて、少年とぶつかって大声で文句を言ったが、少年は振り向いてそいつの目を見てまた歩き出した。
少年が住宅街を歩いていると、どこかの家から喧騒が聞こえた。ヒステリックな女の声と男のどら声が交差していた。
少年はとくに寄り道することも無く、家に帰ると夕飯も食べずに寝た。
家は暗かった。この家にいる少年と少女は二人とも眠っていた。冷たい弁当がテーブルの上に乗っていた。
朝になるとまた少年達はそれぞれが行く場所に出かけていった。
アトガキ
わーい、楽しい。