じゃあ行ってらっしゃい。
母と妹にいつものように見送られたが、今日はいつもとは違う。もう二度と帰ってこれなくないかもし れないのだ。
昨日の夜に泣きはらしたおかげで皆、瞼が赤い。それでも笑顔で見送ってくれたのが嬉しかった。
つい一昨日まで兵器工場の仕事をしていた俺はたったの一晩で救世主に仕立て上げられた。どんどん侵 略してくる敵軍を退けなければならない。そう命じられた。
ずいぶん昔に書かれた預言書の一説に、こう書いてあったそうだ。『ある日赤い髪の勇者が東より現れ 、この国を我が物にしようとする悪鬼共から国を救う』、と。
一週間前、俺は数人の仕事仲間と馬車に乗って武器を輸送していた。首都にある訓練所まで届けなけれ ばならなかったからだ。俺は首都に来たのは初めてで、仕事が終わり次第少し観光をしていた。俺にと って目に映るものが珍しいものばかりで、つい回りが見えなくなっていた。その時だ。王に初めて会っ たのは。
俺は周囲の人間が道を開けているというのにまったく気がつかず、兵士の一人に叱られてしまった。俺 は急いでその場を離れようとしたが、たくさんの兵に囲まれている王が俺を呼び止めたのだ。おお。ま さしく彼こそ奇跡の救世主だ、と。それからは目まぐるしく物事が運んでいった。
俺はそのまま城に連行された。道中、兵士達からその理由を聞いた。
あなたは預言書に出てくる救世主だ。時期も予言どおり。あなたには今すぐ北に向かってもらう。そこ で我が軍が敵国と戦っているからだ。
もちろん俺は拒否した。俺には母と妹がいる。彼女らを残して行けないと。しかし、王の命令だ、ご親 族の面倒は国が補償するといわれた。つまり俺には拒否権が無かった。周りには剣を持った兵士がたく さんいたからなおさらだ。
城に来たのも初めてだった。思ったよりもずいぶん大きくて、王が家族の面倒を見てくれるのなら今ま でよりずっと楽な暮らしが出来るのではと少し期待した。しかし城についてから、今すぐ北にある都市 に向かってもらうといわれた。せめて家族に一言別れを言いたかった俺はなんとか一度でいいから家族 に会わせて欲しいと懇願した。
その後、俺は一番速い馬に乗せてもらい一晩だけ家族に会わせえてもらえることになった。一晩と言っ ても首都から家までは急いでも五日はかかる。つまり日中城を出て、五日後の日中に家に着き、それか ら次の日まで家にいることを許されたのだ。
おそらく王にとっては一刻の猶予も無い事態なのだから、一晩だけでも帰らせてもらえるだけでも十分 だった。しかし、出発前にこう言われた。あなたが家族のために時間をとっている間も味方の兵士は死 んでいっているのだと。この言葉は田舎の兵器工場の工員だった俺にはとても重くのしかかった。つい 数時間前までは北で戦闘が起きていることさえ忘れていたのに。俺はいまだに自分が救世主だというこ とが信じられなかった。確かに自分の髪は赤くて、王の目の前に現れた時期も予言どおりだったのかも しれないが、自分には戦闘の経験や知識なんてまったく無くて、国を助けるために命を投げ出す覚悟も 無い。だけど王に逆らえば殺されるかもしれない。王からは焦りのせいか妙な威圧感がにじみ出ていた 。
戦いの決意は家にいる間に出来ていた。俺は家族を離れ、戦いにいく。この国を救うことよりも、家族 を救うことが出来るのならそれもいい。そして胸を張って帰るのだ。救世主として。
王は自室から城から出て行く赤髪の男を見下ろしていた。
彼はついさっき自分が救世主に仕立て上げた男だ。これから彼は救世主として活躍してくれるだろう。我が 軍の希望として、たとえ戦場で死したとしても……。
アトガキ
なんとなく後書きを入れてみた。
ちなみに偉大なる救世主編と名づけたのにはまったく意味は無い。
当然続編も無い!!