危険ナ偏見





若い男がある小さなスーパーに入ってきた。

なんてことない普通の男だ。眼鏡をかけてカッターシャツを着てジーンズを穿いている。

スーパーには三人の客がいた。もちろん誰もその男の事など気にとめてはいない。皆それぞれに買い物をしていた。

男はまっすぐ文房具コーナーに向かった。目当ての物があってこの店に入ったようだ。

女性店員のありがとうございました、という声と共に客が一人レジで会計を済ませて店を出た。丁度同じ時にカップルらしき男女二人の客が入ってきた。店には男を含めて五人の客がいる。

その時レジにいた店員は二人、それから商品の品だしをしていた男が一人。全部で三人の店員がいた。

男は文房具コーナーで一番安いハサミを手にとった。それからそのままレジに向かった。どうやらハサミを買うためにきたようだ。

中年の親父がレジで会計を済ましていたので男は空いているほうの隣のレジで買うことにした。

男はハサミをレジに出して財布を取り出した。

レジにいたポニーテールの髪の垂れ目をした女性の店員は差し出されたハサミを見ると、事務的な口調で男に訊いた。

「お客様はアニメはご覧になりますか?」

男はきょとんとしながら「はあ、たまには見ます」と答えた。

さらに垂れ目の女性店員は、

「週に一時間以上視聴しますか?」

と訊いた。

男は良くわからないまま「まあ、それぐらいです」と答えた。

垂れ目の女性店員は続けて「テレビゲームはおやりになりますか?」と訊いた。

「はい、少しは」

男はだんだん不安になりながらも答えた。

「週に一時間以上プレイしますか?」再び垂れ目の女性店員は訊いた。

男は何かのアンケートかと思い、良くわからない質問に困惑しつつも答えた。

「はい。一時間ぐらいです」

すると垂れ目の女性店員は突然頭を下げて言った。

「申し訳ございませんが、当店はオタクの方に刃物を販売しないことになっております」

「はあ?」男は困惑と怒りをあわせたような口調で眉間に皺を寄せて言った。「何それ?意味がわからないんだけど」

垂れ目の女性店員は怯えたように俯いて胸に手を当て、後ずさった。

隣のレジで会計を済ませた中年親父が大きな声を出した。

「オタクが刃物持ってたら危ねえだろうが。わかったら迷惑かけずにとっとと帰れよ」

するとカップルらしき男女がこそこそと笑いながら言った。

「ねえ、あれオタク?超やばいじゃん」

「ああいうやつが事件起こすんだよな。世の中から消えるべきじゃね?」

聞こえないように話しているつもりかもしれないが、その会話は男に聞こえており男は怒りを露わにした。

「ふざけるなよ。店長呼べ」男は怒鳴った。

垂れ目の女性店員は怯えて、ちらちら男を振り返りながら小走りに走って行った。隣のレジに立っている中年のおばさん店員が男が逃げないようにじっと見張っていた。

中年の親父が男に大きな声で言った。

「お前オタクだろ?刃物持ってたら危ない事ぐらい自分でわかるだろうが。どうせ人殺すのもなんともおもってねえんだろ?」

「俺はオタクじゃない。何で勝手に決めつけるんですか」男は言い返した。

すると中年親父は、

「だってお前アニメもゲームも週に一時間以上だろ?十分オタクじゃねえか。自覚がないだけじゃねえのか?」と言った。

「なんでそれでオタクなんだよ。それに俺がオタクだとしても、どうしてハサミを買っちゃいけないんだよ。オタクが皆刃物振り回すわけじゃないだろ」

男が言った時、垂れ目の女性店員が店長らしき品だしをしていた男を連れてきた。垂れ目の女性店員は店長の若干後ろに立っていた。

「申し訳ありませんお客様。当店はオタクの方に刃物を販売することができません」

店長は垂れ目の女性店員と同じ事を言った。納得できない男は文句を言った。

「オタクの基準ってなんだよ。それにオタクだからって刃物を売れないのはおかしいだろ」

すると騒ぎを聞いていたのかセミロングヘアの女性の客が口を挟んできた。

「そういう決まりなんだからしょうがないじゃん。オタクってそんなこともわからないわけ?」

「そんな決まりおかしいだろ。だいたい俺はオタクじゃない」

男が怒鳴ると、今度はカップルらしき男女が割って入った。

「じゃあ何にハサミ使うんですかー」

「そうだ。答えろよ」

セミロングヘアの女性と中年親父は納得したようにうなずいた。

男の答えは「何でもいいだろ、そんなもん」だった。

すると客たちは言った。

「なんだよ。答えろよ」

「答えられないって事はやましい事があるからじゃないの?」

「そうだそうだー」

「もう帰れば?くくく……」

中年のおばさん店員は相変わらず男を睨んでいた。店長は困ったように脂汗をかいていて、垂れ目の女性店員はおどおどと隠れるように店長の後ろに立って俯いていた。

男はいつの間にか囲まれていた。

「わかったよ。……ハサミが壊れてたから買いに来たんだよ。それだけだ」

「ハサミが壊れてたからわざわざ買いにきたのっておかしくない?」

「普通なんかのついでとかに買うよな」

カップルらしき男女が言った。その時になってようやく騒ぎを収めようと店長が口を挟んだ。

「わかりました。今回はハサミをお売りします。でも次からはご了承してください」

男はしぶしぶそれで納得してお金を払おうとした。しかし、中年の親父が大きな声でそれを妨害した。

「なんでだよ。こういうことはちゃんとしとかないと、こういった気持ち悪いイカれたオタクが人殺しをするかもしれないぞ」

それに同調して他の客も口々にわめいた。

男の怒りは頂点に達していた。俯いて拳が震えていた。それを見た垂れ目の女性店員は完全に店長の後ろに隠れた。

新たに大柄な男の客が入ってきたが誰も気がつかなかった。

中年のおばさんは相変わらず男を睨んでいた。カップルらしき男女は互いに文句を言い合って互いの意見に同意していた。店長はまた困ったようにあたふたして額に脂汗をかいていた。中年の親父は大きな声で男をけなしていた。セミロングヘアの女性は店長に文句を言った。

「ねえ、もっとしっかりした対応をお願いします」

男はばっと顔を上げて中年の親父を睨み付けた。

中年の親父は「なんだよ」と少し驚いた。

そして次の瞬間。男の怒りのこもった拳が、中年の親父の顔を殴りつけた。

すぐにセミロングヘアの女性とカップルの女が悲鳴をあげた。そして中年の親父が殴り返して、カップルの男が男を取り押さえた。

店長はあたふたして、垂れ目の女性店員は店長の後ろで小刻みに震えていた。

その後男はすぐに取り押さえられ、すぐ警察を呼ばれた。後から入ってきた大柄の男は実は非番の警察官だった。

男は手も足も出ないまま床に押し付けられていた。

男は叫んだ。

「なんだよ!俺はただハサミを買いにきただけだ!オタクだからなんなんだよ!俺がお前らに迷惑かけたわけじゃないだろ!ちくしょう!」






アトガキ

衝動的に書いてしまった。っていうかこれもかなり偏見入ってるけど。

たぶん何が信用できるかわからない世の中だから、何を考えているのかわからない自分たちとはまったく違う趣味の人間が危険視されるんだろうな。とか思った。