宇宙鯨は白銀の海を泳ぐ





その鯨は地球にあるどんな建造物よりも大きくて、はじめて見た時は惑星かと思った。

太陽の光を受けている部分が真っ白に輝いていて、ヒレがゆっくり動くとヒレの白い部分が大きさを変え、生きて動いていることがよくわかった。

どうして宇宙空間で生きていられるんだろうかと不思議でしかたなかった。人間はこんなにごつい宇宙服を着ていないと宇宙では生きていけないのに。

宇宙鯨の秘密は誰にもわからないのだ。

私が九つの時、初めて月に旅行に行った。私が宇宙鯨に初めて出会ったのもその時だった。

その時に出会ったのは宇宙鯨の中でも小さいほうだった。それでも私にとっては十分大きくて、月をバックに泳ぐ宇宙鯨の姿はとても幻想的で美しかった。

シャトルの隣の席で一緒に宇宙鯨の映像を見ていた祖父はこんなことを言っていた。宇宙鯨は人の進化の形なんだって。

私にはよくわからなかった。宇宙鯨はどう見ても人間なんかとは比べ物にならないぐらい巨大で、美しくて、神秘的だったからだ。その時の祖父は嘘なんか言ってる風でもなくて、懐かしんでいるような誇っているような、そんな表情をしていた。

九つの時の月旅行はあまり楽しくなかったことをよく覚えている。

月なんて研究施設か基地しか置いてないし、歩きにくいし、表面はクレーターだらけでぼこぼこ。こんな場所に惹かれる人たちがわからなかった。せっかく来たのに父はさっぱりかまってくれなかったし、母は宇宙酔いが嫌だと言ってついて来なかった。

月ではずっと祖父が私について遠い宇宙の話をしてくれていた。その時、祖父が宇宙鯨についてこう言っていたのをかすかに覚えている。

祖父は宇宙鯨にはなれないのだそうだ。

昔、祖父は宇宙飛行士をやっていて初の火星までの有人飛行を成功させた。祖父は火星についたとき、そこで満足したらしい。だから宇宙鯨にはなれないのだそうだ。

私はよくわからないと言って祖父にわかりやすい説明を求めたが、祖父は笑って、いずれわかるよ、と言った。

しかし祖父にも宇宙鯨の秘密はわからないそうだ。どのようにして生きているのか、どのようにして宇宙空間を泳いでいるのか。

後で父にも訊いてみたがわからなかったのか忙しいと言ってはぐらかされた。父は月でずっと研究をしているくせに宇宙鯨のことはまったくわからないのだ。

わかった事といえば、旅行に行った時に月の資料室で調べたことなのだが宇宙鯨は太陽から離れれば離れるほど大きくなると言われているようだ。無人機の報告によればその大きさは最大で月ほどの大きさだそうだ。

私は旅行に行く前から月が嫌いだった。

地球とたいして離れていないくせに、みんな月に行っただけで宇宙の全てを見た気になっている。地球の周りをただよっているただの小さな衛星だっていうのに。私の月への嫌悪は実際に月に行ったからって変わる事はなかった。

私が宇宙飛行士を志したのは月から地球に帰ってから数ヵ月後だった。

必死で勉強して、訓練を受けて、どんなに辛くても決して嫌になる事は無く、むしろ時が経つにつれて私は宇宙に惹かれてゆく。月よりもっと向こうの宇宙へ。

私が火星に行けたのは十八の時だった。大学を首席で卒業して様々な資格を取って、父に頭を下げて父のコネまで使ってのことだった。

私は十五の時に亡くなった祖父の見た火星を見たかった。その時の私はそこで何を見て何を感じたのかを知りたかったのだ。

しかし、火星に行っても私は満足しなかった。そこには赤錆と、月で見たのより少しだけ大きい宇宙鯨しかなかった。私は火星に着いても、まだこの先に見える真っ暗な空間を眺めていたのだ。

だから私は二年後、木星探査船に乗った。

長い旅が続いた。

宇宙空間での生活には慣れていたが、時折地球から母から送られてくるメッセージが面倒で嫌だった。母は自分が怖くて宇宙に行けないものだから、私が宇宙に行くことを危険な遊びぐらいに考えていた。

私はもっと遠くに行って、メッセージが届かなくなればいいと思った。私にとっては毎日地球に送る観測データさえもどうでもよかった。地球に留まってデータを眺め続けて何かを発見した気になっている科学者なんて馬鹿だと思った。

長い旅の末、木星探査船は目的地に近づいた。

私はとにかく大きい木星に圧倒されたものだ。あそこに飲み込まれたらもう終わりではないのかと思った。実際、あの厚い大気の中にまともに入っていったら普通の宇宙船ならでは燃え尽きてしまう。たとえ残ったとしても膨大なガス圧で潰されてしまうのだろう。木星探査船は計算されつくしたコースを正確にたどって木星のオーロラめがけて突っ込んでいった。

木星を見た時の感動は確かにすごいものだった。

しかし、私はそこで宇宙鯨を見つけた。

月で見た時とは比べ物にならないほどの大きさだった。宇宙鯨は木星にある五つ目の大きな衛星と言ってもいいぐらい大きかった。そしてやはり白く輝くその体はとても美しくて神秘的だった。

私はその時思ってしまったのだ。もっと遠くへ行きたいと。この鯨の美しさはこんなものではない、もっと遠くに行ってもっと大きな鯨のいる場所に行ってみたい。木星よりももっと遠くへ。木星にいるこの鯨ですら行けないような場所に行ってみたいと。

そして、その時私は鯨になることができたのだ。

いつか聞いた祖父の言葉が思い出された。

宇宙鯨は人の進化の形で、それは祖父にもなることはできない。もちろん月で研究をしている父にも地球から出ようとしない母にもなれない。

今、私には白銀の海が見える。

無限に広がる宇宙のさらに遠くまで見える。

私にはもう気圧を心配して宇宙服を着る必要も、旅をするための宇宙船も必要がなかった。

私は宇宙を泳ぐ。宇宙に生きる新たな生物として、宇宙を旅する。新たな美しき神秘を求めて、どこまでも私は行く。






アトガキ

マクロスダイナマイト7に出てきた鯨がとても気に入ったので。

あと宇宙とか星とかはたいして詳しくないから間違ってることが多いかも知れません。