彼は誰時が来る前に





数冊の歌集を床に積み上げて順番に読んでいたら、いつの間にか日が沈みかけて窓からオレンジの光が差し込んでいた。

この部屋は近くに線路があって、本数は少ないながらも時折電車が走って凄まじい轟音にさらされるため普段は読書などすすまないのだが、今日に限ってなぜこんなに集中して読めたのだろうか。すでに右に積んだ歌集十五冊のうち、十二冊が左に置かれている。

別に何がおもしろいわけでもない。延々と和歌とその解説が書かれているだけだ。基本的に無感動で古典に興味のない自分にとってはひどく退屈な物のはずだった。

読み終えた歌集を買ったばかりの少し小さい本棚に一番上の段から順番に並べた。この本棚は以前使っていた本棚とは向き合うように置いた。机は古いほうの本棚側の壁にくっつけてあるので、いざ取り出そうとすると面倒かもしれない。

とはいえ何度も読み返すとは思えない。一年に一度読み返すかどうか……。

やはりこれを全て読み終えたら実家に返してしまおうか。せっかく頂いたとはいえ、こんな物を部屋に置いておくのは気が重い。

時計を見て、夕食の準備をしようかと思ったが、今から何か作る元気はまったく無かったので今日はコンビニの弁当で済ますことにした。

いざ出掛けようとすると、財布が見当たらなかったのでしばらく家の中を探してしまった。そういえば昨日スーツの内ポケットに要れたままだったことを思い出して、クリーニングに出そうと思って玄関に放っておいたスーツの中から財布とついでに家の鍵を見つけて、部屋を出た。

自分が大学の講義をサボって歌集を読んでいたなんてとても信じられなかったことだった。有名大学の経済学部に入ってから実用書や参考書以外の本なんて読まなかったからだ。だいたい小さい頃から反抗心のようにとにかく文学から遠ざかっていたのだ。いまさらあんな物を読んでも何か思うところなんて無い。

外は思ったより寒かった。昨日まで異常に暑かったのが嘘のようだ。

ありえないとはわかっているが、一瞬桜を見つけた気がした。

懐かしい公園の前を通りかかった。木々が植えてあるだけで他に何もない小さな公園だ。

昔、家族で花見に来た事がある。その時はまだ小さかったし、比較的兄貴もおとなしかったから割りとかわいがってもらえたりしたものだ。あの時は途中で雨が降って早めに引き上げた。結局家に帰ると母は原稿用紙にかじりついていたものだった。

コンビニから帰るとすっかり日が暮れていた。

街燈に小さな虫が群がっている。白い水仙が咲いていた。

部屋に帰ってレンジで買ってきた弁当を温めた。レンジは気分の悪い低音を鳴らしながら弁当を回転させた。なんとなく単調な和歌のリズムを思い出しそうになって小さく頭を振った。

気分転換に大学のレポート用に集めた資料の整理をした。

机の上に詰まれた資料や、鞄の中とか、これが探してみると思ったより多く、時間がかかってしまい、気がつけば九時をまわっていた。

そういえばお腹が減った。そう感じて、弁当を忘れていたことに気がついた。

温めた弁当はまた冷えてしまっていたので、温めなおさなけれえばならなかった。今度は忘れないようにじっと座って待っていた。

さっきはあっという間だったのに今度は妙に長く感じてしまう。また和歌のリズムがよみがえりそうになるのが気持ち悪かった。

ふと思い出した。

あの歌集は全部で十六巻あったはずだ。高校の時、母の部屋で見かけたのは十六巻だったはずだ。なぜ、十五巻までしか置いていなかったのか。

最後の一巻はどこに行ってしまったのだろう。ボロボロになったんで捨ててしまったということはないだろうか。しかし以前、状態の悪い何巻かを買いなおしたと聞いた事がある。だったらまた買いなおすのではないだろうか。

チンと間抜けな音が鳴って思考を中断させられた。それとともに空腹感がいっそう強くなった。

何はともあれ、飯を食って、レポートを仕上げてしまおう。そう思ってレンジを開けた。すると服の裾に小さな羽虫がくっついているのに気がついた。外でくっつけてそのまま入ってしまったらしい。

腕を一振りして虫を払ってから少し熱い弁当を取り出した。

その後、弁当を食べてレポートを仕上げてしまおうとしたのだがいつの間にか眠ってしまっていた。

朝の八時に電話がかかってきて起こされた。そして驚くべきその電話の主と内容を聞く事になるのだった。






アトガキ

いや、何を書こうとしていたのか途中でわからなくなった。なのでまた全てを投げ出す感じで終わらせた。