ジャムファンタジスタ





異常だ。

なぜこのことに誰も気づかないのか。不思議だった。

狭いキッチンには母さんが立っていて、弟は部活の朝練出て行って、父さんはスーツ姿で朝ごはんをかき込んでいる。俺は目の前のトーストをみて悩んでいた。

ジャムがない。

そう。ジャムがないのだ。俺の大好物であるイチゴジャムが食卓から消えてしまっていた。さらにマーマレードやブルーベリージャムも、ありとあらゆるジャムが消えうせていたのだ。

事の始まりは一ヶ月前。

世界中のジャムを食べた人間が次々と意識不明の重体に陥ったのだ。何者かがジャムに謎の毒を仕込んだようだ。その毒はあらゆる企業のジャムに混入されており、警察は自家製を除き全てのジャムを回収した。世界中のジャムが激減し、それを商品とする企業は大打撃を受けた。世界はジャムテロによるジャムショックに陥った。依然テロリストの表明などはなく、対立のあった国々がテロリストを庇っていると言い合い、陰険な状態が続いた。ようだった。





ジャムの入ったパンは売られておらず、俺はコンビニで絶句した。

昨日のうちに買いだめしておくべきだった。イチゴジャムとマーガリンの入った大好物のパンが消えているのだ。これほどショックなことは無い。朝これを買って、昼に食べてこそ、昼の授業を生き残ることができるのだ。

ジャムパンを買えなかった俺は、放心状態で学校に向かうことになってしまった。

辺りが歪んで見える。そう、歪んでいる。

なんでどいつもこいつも、ジャムがないのに平然としていられるんだ。こいつらは和食しか食さないのか?俺の前方五メートルにいる女子三人組。昨日のバラエティー番組でのお笑いタレントの失言よりも、ジャムについて話し合わなければならないとは思わないのか。ちくしょう。ケラケラ笑いやがって、ジャムが無いのに笑ってられるか。正義がなくとも地球は回るけど、ジャムが無ければ俺の世界は回らないんだよ、悪餓鬼共。先生に叱られたぐらいで学校ふけるだと?じゃあ、ジャムが無かった俺は自殺でもしろと言うのか。

おかしい。異常だ。

ジャムが無いのに。





昼休み。弁当を食い終わった俺は物足りなさに包まれていた。

いや、弁当はうまかったし、量も申し分ない。しかし、ジャムパンを食べていない。

ここ一週間。朝のトーストにはジャムがなく、元気がいつもの半分しか無かったのに、今度は昼のジャムパンまで無くなってしまった。この結果がどうなるか、想像もつかないだろう。俺は身をもって思い知らされた。

授業に身が入らず、起きているにもかかわらず先生の声など耳に入らない。質問をされても気がつかず、肩を叩かれてようやく正気に戻った。と思っていた。

先生がいきつけのパン屋の店員にみえる。危うくジャムパンを頼みそうになったが、店員の姿がぼやけてなんとか幻影だと気がついた。しかし、教科書を持った先生の姿とジャムパンを持った店員の姿は交互に現れ、俺は必死で自分の意思を保とうとした。だが、次第にどっちが本当かが分からなくなってきた。先生なのか、ジャムパンを持った店員なのか……。どうして、ジャムが無いんだろう。





気がつくと、そこは保健室のベッドだった。

何か夢を見ていた気がした。とてもリアルな夢を見ていた気がする。そうだ。夢だ。夢なんだ。

目の前にあるカーテンを開けると、がらんとした保健室が目に入る。ベッドから降りて立ち上がると少しお腹がすいていることに気がついた。

俺は保健室を出ると、走って購買に向かった。ちなみに廊下は走ってはいけない。

しかし、俺は購買にて現実を突きつけられた。

ジャムパンが無かった。

そう、ジャムはすでに無いのであった。購買のおばちゃんは困った顔で俺の要望を聞いていた。しかし、そもそも今は授業中との事で相手にしてもらえなかった。

俺はその場に立ち尽くして、ショックに打ちひしがれていた。今朝の出来事が頭の中に帰ってくる。夢ならよかったが、そんな都合のいいことはないらしい。

ジャムはすでに失われていた。





俺は学校を早退して、ジャム……ジャム……と呪文のように呟きながら歩いていた。周りの人間は不審そうな目で見ていたが俺にはそいつらのほうがわからない。

ジャムが無くなって誰だってショックのはずだ。どうしてこの痛みがわからないんだ。そう考えて、俺は気がついてしまった。

そうだ。つらいのは俺だけじゃない。皆つらいんだ。皆がんばっているというのに、俺は打ちひしがれているだけだった。俺もがんばって立ち直れなければ。

俺は前を向いて走り出した。ジャムを叫びながら。





俺は目の前のおばさんをだれよりも尊敬する。

エジソンよりもアインシュタインよりも、ニュートンよりもマクスウェルよりも、ガリレイよりもシュワルツよりもグリーンよりも。

俺のお気に入りのパン屋。ここではジャムパンが置いていた。俺はイチゴジャムパンとブルーベリージャムの入った菓子パンを買って、貪っていた。そして涙した。

ジャムが食べれることがこんなに幸せだとは思わなかった。俺は涙をこぼしながら貪り食った。冷たくて甘いジャム。これがあれば世界はもっと幸せになれる。そう確信したのだ。

おばさんはこんなにおいしそうに食べてもらえて幸せだと言っていた。そうだ。ジャムがあればみんながハッピーなのだ。

なぜこの店ではジャムが置いてあるのかと訊いてみた。その答えはとても単純だった。なんと自家製ジャムだという。柔和な顔のおばさんが平然と言った言葉は、俺の人生を変えるものだった。俺はその言葉で一つの閃きと決意を得たのだ。

俺は、ジャムを創る。





こうして俺はジャム職人の道を目指すことになった。

俺はここのパン屋に弟子入りした。ジャム職人としてパン屋として一流になるために。学校も辞めようかと思ったが、おばさんに止められてそれはやめておいた。俺の一世一代の決意は母さんや父さんには伝わらなかったが、俺は超真剣だ。

俺はジャムを作り、パンを作り、皆を幸せにするのだ。そして世界中のパン屋またはジャム職人を集め、ジャムテロリストに向かって宣言してやる。

ジャムは死なない。ってな。