命を知る





蜘蛛が飛んでいた。

空中で糸を引きながら飛んでいた。四枚の羽を見えないぐらいに羽ばたかせて蝿のように宙を舞う。

私は捕らえられていた。

糸にからめとられた私は捕食されようとしているのだった。

蜘蛛は牙をむいた。私の肉を食らいたくて仕方がないのだ。

「ねえ、どこがおいしいの?」

私は蜘蛛に訊いた。

「頭だよ」

ギギギギと蜘蛛は笑った。

「頭から食べるの?」

「いや、首から食らうんだよ。ギギギギ。まずは首から温かい血を浴びるんだ。それから頭だ。魂が逃げる前に食わなきゃならん」

私は何か不思議な気持ちを感じた。これから魂ごと食われてしまうというのに、心が高ぶった。

そうか、私はおいしいんだ。

「ギギギギ、骨はどうしてほしい?俺は骨は欲しくない。一つぐらいならお前の望む場所に運んでやる」

「私の骨を食べるのはだれ?」

「骨を食べる昆虫だ」

「私の骨はおいしい?」

「俺は嫌いだ。が、昆虫の中に好きなやつはいる」

「じゃあ私の骨はその昆虫にあげて」

ギギギギを笑い、蜘蛛は地に降り立って、私の足を上ってきた。ぞくぞくと身体が震えた。

あたりから様々な声が聞こえる。私は身体が熱くなるのを感じた。

私はこれから食われる。そうして血も肉も骨も魂も喜びに満ちることになる。そこら中の命が私を求めているのだから。

ほら、目を閉じると、赤い炎が見える。私の中に命が燃えていることを知ることができた。

ギギギギと蜘蛛の声が胸の辺りで聞こえた。

「ほら、お前の肉を求めてるやつはまだまだいるぞ」

ふと足元を見ると、無数の蟲が私の身体に群がっていた。歓喜の声が交じり合っていて何がなんだかわからなくなっている。

私は自分の唇を噛み切った。

鋭い痛みが走ったが、すぐに感覚が麻痺した。生暖かい血が口の中いっぱいに広がった。口から滴り落ちる血に蟲が群がる。

唇の肉を吐き出して、蟲に言った。

「ちょっと待ってね。蜘蛛さんが食べたら残りはあげるから」

ギギギギと蜘蛛が笑う。

蜘蛛はすでに首にくっついていた。

「心配ない。お前の命は俺の命になるんだ。俺の命はやがて別の誰かの命になるだろう。そうやって俺たちは大きくなるんだ」

「大丈夫だよ。私は今とても幸せなの」

蜘蛛は羽を広げて、首に牙をつきたてた。

血が飛び出す。蜘蛛は羽を羽ばたかせて一気に私の首を食い進んで行く。私はかつてない快感に頭が真っ白になった。

目の前が真っ暗になったと思うと、すぐにまばゆい光が訪れた。

いつの間にか、私は私の形を成していなかった。目の前には大きな光の玉が浮かんでいる。そっと触れてみると、温かくて心地よい感触が身体全体に広がった。


――――これが、世界の本当の姿だった。









アトガキ 09/06/24

お久しぶりの更新。

しかし久しぶりに更新したと思えばなんだこれは、って感じの小説になってしまった。

なんというか、こんな感じの雰囲気の小説を書きたかった、ということです。あと、できれば次は三人称で書きたいです。