アンチヒーロー





バイクのエンジン音と無数の話し声が交差して、平衡感覚を失いそうな騒音を生み出していた。

ここにはすでに何十人もの人間が集まっている。そのほとんどが大学生、高校生だったが、中には中学生ぐらいの子供まで混じっていた。これが『ハーケンクロイツ』の集会だ。

中心には金髪を逆立てた20ぐらいの男がいた。ハーケンクロイツの頭である。その男にまっすぐ向かってくる学ラン姿の少年がいた。少年が金髪の男の前で立ち止まると、すぐに何人もの人間が少年を取り囲んだ。

「ん?俺になんか用か?宿題なら教えられないぜ」

金髪の男はニヤニヤしながら少年に言った。

「誰もお前に教えてもらおうとは思っていない。俺は取引に来たんだ」

少年が言うと、あたりはざわつき始めた。あきらかにこの場所でハーケンクロイツの頭である金髪の男にとる態度ではなかった。

「取引ぃ?」

「そうだ。お前たちの追っている男のことだ」

ざわつきはさらに大きくなっていった。

「その男を知ってんのか?」

「ああ、俺もその男にようがあるんだ。だからあんた達に呼び出してもらいたい」

どこからか、ふざけるな、という野次が飛んだ。ざわつきは大きくなってゆき、野次の嵐となった。しかし、それを金髪の男が、だまれ、と一喝して鎮めた。

「……それで、あんたはどうするんだ?ただ俺たちを利用してお別れするだけか?」

「いや、あんた達が協力してくれれば俺はその男を死体にして届けてやる」

再びあたりがざわめいた。どうも頭のおかしい奴が来たと思っているらしい。今度は鎮める気もないようで、金髪の男は頬杖をついて考え込んでいた。そしてしばらくして、立ち上がって向き直った。

「……前に俺たちのメンバーが10人、殺された。その現場に手紙が残されていたらしい。

“我は秩序を正すものなり お前たちのようなゴミを生かしておく訳にはいかない”、とかなんとか書いてあったらしい。俺は何もかも子供のせいにして、昔の秩序やら何やらのために未来まで刈り取るようなやつを生かしておくつもりなんかねえ。逆にそいつをぶっ殺してやる。お前はどうなんだ?」

男の言葉を受けて少年は背を向けて歩き出した。

「お前の意見に反対するつもりはないが、俺に言わせればいつまでも社会におんぶされている人間が親殺しのような真似をするのもやってることは大して変わらない。……明日の午後10時だ。適当に騒ぎを起こして、後は逃げるでも隠れるでもしてくれ」

そういい残すと、少年は立ち去った。少年を引きとめようとするものは誰もいなかった。





           *





錆びた階段がギシギシ音を立てて、中年の男が廃ビルの屋上に上がってきた。

手にはレジ袋。気温はかなり低いにも関わらず、黒いシャツとハーフパンツを着ていた。やはり寒いのか手には使い捨てカイロを持っている。

男は屋上につくと辺りを見渡してから、ほっとしたように座り込んで持っていたレジ袋からアンパンを取り出した。

その時、何かが爆発したような音が聞こえた。音は町の中心から少し離れた工業地帯のほうからである。この廃ビルからだと15分ぐらいの距離である。おそらく子供たちの仕業だろう。

男はアンパンの袋を開けようと躍起になっていた。しかし、かじかんだ手ではなかなか開かない。そこまで必死になってアンパンの袋を開ける必要がどこにあるのだろうか。

しばらく袋を引っ張り続けた結果、ついに男はアンパンの袋を引きちぎった。男の顔には安堵が浮かび、夢中でアンパンにかぶりついた。この世で一番大切なものはアンパンだと、この男が言うのなら説得力がある。それぐらい美味しそうに食べていたのだ。

アンパンをあっという間に平らげた男は、工業地帯のあるほうに走り出した。闇が男を包み込み、強大な力を与えた。男の体は黒の鎧に包まれ、超高速で飛び回ることができる。

みなぎる力に己の正義を乗せ、男は町へ繰り出るのであった。





           *





爆発音が聞こえたのは古くからある小さな製紙工場である。といっても今は使われていない。

なんでもここは仲のいい老夫婦がやっていた工場だったのだが、お爺さんのほうが癌で亡くなってしまいその後お婆さんは失踪して今は使われていないそうだ。お婆さんは失踪する前に工場に火を放って自殺未遂をはかったそうなのだが、近所の男性に見つかり失敗したという。それから数年経った今では老夫婦の霊が出るとかで一種の心霊スポットになっている。ともかくこの周辺は人気が少ない。

黒い鎧を身に着けた男が来たときには、燃えるドラム缶を残しすでにハーケンクロイツはどこかへ消え去っていた。そのかわりに一つの黒い影が立っていた。

その姿は男の鎧とまさにそっくりである。全身から刺のようなものが伸びた奇怪な甲殻類のような鎧だ。違う点があるとすれば男には触覚のようなものが付いていて、男に立ちはだかる黒い鎧には、一本の角が生えていた。その姿はまさに鬼人と呼びにふさわしい容姿であった。

「やはりお前か」

角の生えた鎧が言った。

「お前は……あのときの学生か!」

男の目の前に立っていたのは、先日屋上で探し物をしていたという少年であった。

「廃ビルの屋上に犯行現場に落ちていたものと同じ装甲殻の破片が落ちていた。やはりお前が連続殺人の犯人だな」

「お前は……いったい」

「あんたと同じ、正義の味方だ。俺はあんたを殺すために電車で4時間も揺られて来たんだ」

殺す、という単語に反応して男は硬直した。恐怖心が心に満ちてきたのだ。

今まで自分のやってきた所業がばれてしまった。しかも今、絶対と思われた力を持つ自分と同じ力を持つ者を相手にしている。それが男にはたまらない恐怖だったのだ。

少年が重心を落とした。攻撃の態勢に入ったのだ。男は恐怖心で一杯になり半歩下がった。そのときである。

物置のようなものの影から飛び出て、奇声を上げながら男を背後から刃物で切りつける者がいた。しかし、男の体にはまったく歯が立たない。刃物は根元からポッキリ折れてしまって、はるか後方に飛んで何かの機械の間に落ちた。

男は我に帰って振り返りざまに裏拳をしかけた。男の裏拳は見事切りかかってきた相手の顔面に当たり、裏拳を顔に食らった相手は吹っ飛んで、飛び出てきた物置に当たって気を失った。

男は切りかかってきた相手に歩み寄った。そして改めて切りかかってきた相手を見て呆然とした。そこにいたのはハーケンクロイツの頭である金髪の男だった。

「……やすひと」

再び闇が男を包み、次に現れた時には鎧を失っていた。そこにいたのはあちこちが破れて穴の開いた黒いシャツとハーフパンツを着た中年の男だった。

「……安心しろ。脳震盪を起こしているが生きている」

呆然と立ち尽くす男を見た少年はつぶやいた。見ただけで生死の判断が出来るようだ。

男は金髪の男を抱き起こした。男は真っ青になって金髪の男の持つ折れた日本刀を手に取って見つめていた。

「……家に帰っても妻も子供を迎えてくれない。会社ではまったく出世できない。町は穢れて、モラルを無くした子供たちばかり。この世で一番信用できるのは一個105円のアンパンだけだった」

男は柄だけの日本刀を握り締めて、震えながら話し出した。

「私は私の正義と居場所のために戦っていたんだ。なのに何故、たった一人の息子までが私を否定するんだ!」

男は自分の想いを吐き出すように叫んだ。

「そいつも同じ理由で戦っていた。だが、あんたには大切なものが欠けていたんだ」

少年はそう言うと近寄って男を見下げた。少年の手には折れた日本刀の刃が握られていた。少年は一瞬ではるか後方の機械の間に落ちたこの刃を取ってきたのだ。

「君にはあるのか?」

男は少年を見上げて訊いた。

「……あるさ」

少年は日本刀の刃を男の胸に突き刺した。

次の瞬間、少年は消え去り、残ったのは中年の男の死体と気絶しているハーケンクロイツの頭と火の消えたドラム缶から上る煙だけであった。





           *





廃ビルの屋上にハーケンクロイツのメンバーが集まっていた。なんと屋上を清掃していたのだ。

普段の彼らからは想像もつかないような行為だが、頭である金髪の男が父親の葬儀から帰ってくるととたんに組織の方針を変え始めたのだ。といっても、できるだけ人に迷惑をかけずに自分たちのやりたいことをやる、といった単純な方針なのだがそれだけでも大きな違いがあった。集団殺人の後ということもあり抜けていった人間も多かったが、残ったメンバーは昔からのなじみの人間が多かったので団結力はむしろ高まったといえる。

そこで彼らは廃ビルの屋上に出向いて自分たちの集会場を作り始めたのだ。誰も使っていないとはいえ勝手に立ち入るのは関心しないが、しばらくはだれもこの場所を使う予定はなかった。なにより彼らがそれで満足し、人々がそれで納得した。誰かを巻き込むことなく自分達のやりたいことを出来るのであればあれば何の問題もない。

彼らはまず新年をここで迎えることにしたらしい。しかし、まだ日が変わるまで3時間以上あるというのにほとんどのメンバーがかなり酔っ払っていた。彼らは酒を飲んで、ピザの出前を頼んだりしていた。若いピザの配達員は誰も使っていないはずの廃ビルに配達の注文を受けてかなり困惑していたようだった。しかもそれどころか配達員は妙に騒がしい屋上から呼ばれて、いきなり酒を勧められ、そのまま謎のパーティに引き込まれてしまった。ピザ屋から電話がかかってきているようだったが、酔いやすいのかまったく気が付いていなかった。

配達員を含めたハーケンクロイツのメンバーはビールをかけたり、頭からかぶったりしていて、野球チームの優勝祝いのような騒ぎっぷりだった。

話し声や笑い声で平衡感覚を失いそうなぐらいうるさかった。たまに喧嘩してどつきあいを繰り返していたが、賭けはしても誰も止めようとはしない。ここには集団性と自由が合致した力が存在した。

「てかもう1分まえじゃん」

誰かが言った。その言葉で全員が騒ぎを止め、頭の金髪の男に注目した。金髪の男は立ち上がって叫んだ。

「よっしゃてめえ時計貸せ!30秒前からカウントだぞ!」

この後、カウントが終了した後実は時計が3分早くなっていることに気づき、やけになってカウントを放棄しバカ騒ぎをしながら新年を迎えることになるのであった。

そして、新年の抱負は?と誰かが金髪の男に訊くと、彼はこう答えた。

「己の正義を貫き通せ!」、と。


アトガキ

この話とりあえず(めんどいから)終わりってことにします。やっぱり三章編成はやめにしておきます。

本当はもっと舞台やら戦闘やらの描写を入れたかったんだけど、結局力不足でほとんどできなかった。あともっと台詞をうまくまわさなければ。なんか違和感ありすぎ。あと途中の謎の独白は結構反省している。ああいうのがやりたかっただけです。