地球人の勘はとても鋭い、と四十過ぎのおっさんが言った。
おっさんは、ソファに座りながらゲームのコントローラーを握って、時折ポテチを食べながら、とてもリラックスした状態で話していた。
何の話をしていたのかというと、おっさんの“ちょっとした”体験談だ。その話の殆どは、近所で話したら頭のおかしい人だと思われてもおかしくないような物語である。具体的な例をあげると月に行った話だとか火星に行った話しとかである。
誰に話していたのかというと、それは別に科学者でも小説家でもなく、大の大人から見ると少し視線を下げなければならないほど小さい男の子、であった。
男の子はしばしば母親に切られそうになる長い前髪を左に分けて、その大きな右目でじっとおっさんを見ながら、きちっと正座をしておっさんの話を聞いていた。
レーシングゲームでコンピュータ相手に常に一位をキープしているおっさんはコントローラーを器用捌きつつ、話を続けている。
どうみても大人気無いおっさんが子供のやっていたゲームを横から取り上げて、代わりに途方も無い与太話をするという風に見え、男の子が可哀想になる光景だ。だが男の子の目は悲しみに潤むことも無く、それどころか好奇心に輝いていた。
おっさんは、昔は月に兎がいたし火星人はタコそっくりだ、と言った。宇宙船は円盤型が基本だし、ひょろ長い銀色の体をした宇宙人に出会った事もある、とも言った。
銀色の体の宇宙人に地球のカップラーメンを見せたら、ボーリングのボールの指穴みたいな口を開けてこれが地球の生物の体毛になるんだねと感心していた、という話をしている時はとても楽しそうだった。
そんな話を男の子は真剣に信じていた。
このおっさんはいつも子供に優しかったからだ。
公園に行くと決まってそこでボロボロのテントを張っていて、子供達が来るとぬっとテントから出て、俺も一緒に遊ばせてくれ、と言って子供達と一緒にサッカーをするのだ。
おっさんはサッカーがうまかった。しかも子供達にあわせてプレイする事ができた。いつも接戦をうまくコーディネイトして子供達を楽しませた。
だけど最近はそれも無くなっていた。
誰だったのだろう。誰かがトレーディングカードを公園に持ってきたのだ。あっという間に子供達は新しい遊びに夢中になり、小遣いをはたいて大量のトレーディングカードを買い込んだ。
おっさんはまたテントのなかにこもっていた。
子供達がめっきり来なくなったある日の事、一人の男の子が公園に現れた。
男の子はテントの前に立って遊ぼうと言った。すると、ああ遊ぼう、と眠たげな目をこすりながら、おっさんがぬっとテントの中から出てきた。
その後夕方まで一緒にサッカーをして、唐突に男の子はうちに来ないかと提案した。
おっさんは最初、遠慮してテントに戻ろうとしたのだが、男の子が寂しそうに目を伏せて今日は家の人がいないと言うと、じゃあ少しだけとしぶしぶ男の子に同行して家に向かったのだった。
おっさんは家に呼ばれるぐらいにとても信用されていた。だから男の子はそのおっさんの話を信じていた。
日が落ちる頃におっさんはもう帰ると、コントローラーを返してソファから立ち上がった。
帰り際にこんな事を言っていた。
お前はたぶん宇宙に出る。月に行って、火星に行って、木星に行くだろう。そこである宇宙人に出会う。その時、俺の事を覚えていたら彼によろしく言っておいてくれ、と。
次の日おっさんは公園から消えた。
もしかすると別の公園に行ったのかもしれない。
もしかするとまた地球を離れたのかもしれない。
男の子はそうは考えなかった。その時以来、おっさんのことをすっかり忘れていたのだ。
彼が公園にいた宇宙に詳しいおっさんの事を思い出すのは、それから二十五年後の木星に向かうシャトルの中であった。
彼はこれから出会うだろう。
はるか昔、月に住んでいた兎達に。タコのような姿の火星人の生き残りに。ひょろ長い銀色の体の宇宙人に。
それからもう一度、四十過ぎのおっさんに。
銀河は運命に満ちていた。
アトガキ
宇宙人はおっさんにもらったカップラーメンを食べて、その味に魅了された。
この後、宇宙人は木星に巨大なカップラーメン工場を造ろうとし、木星開発に来た地球人と衝突。太陽系を巻き込んだ大戦争へと発展する。(うそ
どうでもいいけど銀河って響きがカッコイイな。