世界最後の日。
今日は世界最後の日なのだ。
別に隕石が近づいてきていたり、核ミサイルが発射されるわけでもない。だが、世界最後の日なのだ。
そのことを初めに言い出したのは「元ちゃん」だ。苗字の山元の元をとって、げんちゃんという小学生 の男の子。その男の子が突然言い出したのだ。
いや、もしかしたら前々から言っていたのかもしれないが、たまたま通りかかった私の耳には突然飛び 込んできた。正直に言うと、「元ちゃん」が山元の元からとったというのには、まったく確証がない。 私が聞いたのはその男の子が周囲の子供達から「げんちゃん」と呼ばれていて、近くにいた母親と思われる3人の女性の 一人で、妙に化粧が濃い女性が「ヤマモトさん」と呼ばれていたことだ。このことから私が勝手に「ヤマモトさん」は「げんちゃん」の母親で、山元の元から「元ちゃん」と呼ばれているのではないのかと 推測したわけだ。
ともかく「元ちゃん」は言ったのだ。今日は世界最後の日なんだと。
それが本当なのかどうかはわからない。「元ちゃん」の由来が本当なのかわからないようにだ。
しかし私がそれを真に受けたのかといえば、そうではない。世界が終わる兆候など一つもないし、皆が 皆明日があるつもりで生きている。当然のことだ。しかし、いつ終わりが来るかはわからないというこ とも確かだ。それも誰もがわかっていることだ。
ともあれ私は「元ちゃん」のいう世界最後の日が、個人単位なのか、あるいは本当に世界単位なのか、 そもそもなぜそんなことを言い出したのか、そればかり考えていた。
もしかすると「元ちゃん」はテレビの特撮ヒーローか何かで、世界最後の日と言っていたのを真に受け たのかもしれない。それとも「元ちゃん」は重い病気で最後の日を迎えているのかもしれない。いや、 そんな時に公園で遊ばないのかな。それよりも「元ちゃん」自身が世界の終わりを望んでいるのかもし れない。そちらの方が話としてはわかりやすい。
あの化粧の濃いおばさん。「ヤマモトさん」は周囲にいい顔をするのが好きな人間で、「元ちゃん」は 厳しい教育を受けているのかもしれない。それで世界の終わりを望むようになったのではないだろうか 。
考えているうちに、私はまったく確証の無い妄想をしていることに気がついた。そして、世界最後の日 を絶対に認めようとしないことに。
私は自然に「元ちゃん」が何らかの事情で世界最後の日を言い出したと考えているが、「元ちゃん」に は未来予知が出来て、世界の終わりがすぐそこに見えているのかもしれないという考えを捨てていた。 そりゃあ本当に世界の終わりならもっと騒ぐはずだ、とかいくらでも言い訳はつくのかもしれないが絶 対にありえないというわけではない。最初から真に受けなかった私は、そもそも言い訳をする前にもし 本当だったらというのをまったく考えていなかったのだ。
私にも今日いっぱいで世界が終わるはずが無いという、根拠の無い自信があったのだ。それもまた妄想 なのかもしれないのに。いつ世界が終わるかわからない、という考えの優先順位は限りなく低かった。
いずれにしても私の考えること全てに根拠が無く、無意味な考えだと気づいたのは「世界最後の日」が 終わる直前だった。
とりあえず私は「元ちゃん」のいう世界最後の日を寝て終えることにした。やっぱり最期は寝て過ごし たい。それは私の言える確実なことだった。そして明日は――。
世界最後の日だ。