大男は足の調子が悪くて近所の診察所に行った。
そこの医者はとても変わった遺伝子複合人間だが、大男は気に入っていた。彼は生身の足を尊重してくれたからだ。
大男の足は事故にあってからたくさんのボルトが組み込まれて、機械を使って神経を繋いでいた。
多くの医者は神妙な顔つきで義足を薦めるのだが、大男は昔から自分の体を大切にしなさいと母から教え込まれていたのでそれには断固反対した。それに一番の理由は義足を買うお金なんてなかったからだ。
そう言うと多くの医者はめんどくさそうな顔をした。でもあの医者は、あっそう、と言って了承してくれた。
診療所は夜中しか営業していないので、ゴミ漁りの仕事を一段落終えた大男はゴミ捨て場の中の壊れたコンテナにつくった家で仮眠をとってから診察所に向かった。
足が痛むのか、大男は右足を引きずって顔をしかめながら歩いていた。それも途中で休みながら歩かなければならなかったのでとても時間がかかった。
すでに遅い診療所には誰もいなくて、ぼうっと光る緑色の光が気味が悪かった。
大男はカウンターにいる看護婦にポケットからくしゃくしゃになった診察券を出した。珍しく磁気カードではなく紙の診察券だ。看護婦はそこに書いてある名前と番号を確認すると端末になにやら打ち込んで「どうぞ」と言った。
大男は診察室の扉を開いた。
そこには白衣を着て大きな丸眼鏡をした初老の医者が机の前に座っていた。軽く頭を下げると前の椅子を勧めた。
大男が彼の体に比べて小さな椅子に座るとぎしぎしと椅子がうなった。椅子のクッションはあきれるほど薄くて大男は少し尻が痛かった。
医者は挨拶代わりに「どうしましたか」と訊いた。
大男は足が痛むと言った。
医者はそれがわかっていたようなので大男が答える前から足をじっと見ていた。そして「ふむ」と顎に手を当てると、大男にベッドに横になるよう言った。
大男は少し不安な様子でベッドに腰掛けた。ベッドのスプリングが壊れそうな音を立てた。
「はい、横になって」医者は促した。
大男は痛む足を両手で支えながら横になった。
するとどこからともなく看護婦が現れて大きな半分のドーナツのような機械を運んできた。とても軽々しく運んできたが、ベッドに置くと大男が座った時よりもスプリングがつらそうにうなった。
看護婦はその機械で大男の右足を付け根から固定した。そしてそのまま足先へ機械をすばやく移動させて、離した。
看護婦は用事が終わるとさっさと帰っていってしまった。
医者は机のモニターをじっと眺めていた。そこには大男の右足のレントゲンが映っていた。大男はベッドから上半身を起こしてベッドに腰掛けた。
医者はまた「ふむ」と顎に手を添えて言った。
「このままじゃまずいね。肉が腐ってきてる。足を切断しなきゃならん」
大男の顔が一気に青ざめた。
「どうしますか?人口筋肉つけるぐらいなら義足でも同じかもしれないね」
大男は黙ってうなだれた。
「とりあえず切っちゃう?」
医者は大男の顔を覗きこむようにして訊いたが大男は放心状態で返事がなかった。
医者は「ふむ」と言って机の引き出しを開けた。
そこにはなぜか“はりせん”が入っていた。その“はりせん”を取り出して勢いよく、ぱしんと大男の頭を叩いた。
大男は我に帰って医者を呆然と見つめた。
医者は何事もなかったかのように“はりせん”を机の中に戻した。
「で、どうする?義足高いよ。うちで一生涯ローンくんでもいいけど、とてもじゃないけど飯なんて食べられないよ」
と医者が再び訊くと、看護婦がお盆に湯気の立っている湯のみを二つ持って再び診察室に戻ってきた。
しかし、医者は「ああ、いいよ。君もいらないよね」と大男の返事を待たずに看護婦を返してしまった。看護婦はその場でぐいっと湯のみに入った飲み物を一杯飲み干して、無言で帰った。
大男はぼそっと「お願いします」と呟いた。
「切っちゃう?義足は?」
医者が訊くと大男は再び「お願いします」と呟いた。
「んじゃすぐ切るから横になって」
医者は椅子から立ち上がってうろたえる大男をベッドに押し倒した。そしてベッドの下からチェーンソーを取り出した。
「はい、じっとしてて。麻酔は?」
医者がいつの間にかそこにいた看護婦に訊くと、看護婦は無言で首を横に振った。
「仕方ないな。ちょっと押さえてて」医者が看護婦にそういうと、看護婦は大男の上に乗って両手両足をすごい力で押さえつけた。
大男は振りほどこうと全力でもがいたが、看護婦はびくともしないで無表情に大男を見ていた。
凄まじい音と共にチェーンソーの刃が回転した。
大男は死に物狂いで暴れたが、首を左右に振る以外何も出来なかった。
「じゃあ、行くよ。舌噛まないでね」
大男はぎゅっと目をつぶってこれから味わうだろう苦痛に耐えようとした。しかし、なかなか痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けると、看護婦が不意に笑った。
「冗談だよ。ちょっとボルトがずれただけ。診断書出すからいつもの病院で診てもらって」
医者はそう言うとチェーンソーをベッドの下に戻し、看護婦はいつもの無表情に戻って大男から手を離した。
大男は汗だくで荒い呼吸をしていた。
そうして医者が何事もなかったかのようになにやら書類を書いているうちに看護婦はまたどこかへ行ってしまった。
大男がベッドからようやく起き上がると、医者は診断書と紹介状の入った封筒を差し出した。
「今日の診察代はいらないよ。君、面白かったからね」
病院でなじみの医者からの紹介で来た大男の足を調整し終えたスタッフは、やはり彼は奇妙な医者だなと思った。
あの大男の足はとっくに義足なのだ。それをあの医者の頼みで生身の足だという事にしてある。だから義体スタッフも外科医を装い、麻酔をかけて義足の調整をした。
しかも義足の代金は全てあの医者が負担したのだ。
その理由を聞くと、「なんとなく。面白いから」とか訳のわからない答えが帰ってくるだけだった。まったく、いったい何を考えているんだか。
スタッフは義足の状態を医者に報告するため、診療所に電話をかけた。
しかし、電話に出た看護婦は「時間外ですので」といって一方的に電話を切ってしまった。
スタッフはため息をついて自分の仕事に戻った。
アトガキ
自分的に書いてて楽しかったのでよし。