アンチチャーハン





今日もあの人は抗議の電話をかけている。

あの人はPTAの会長で、今は学校のいじめの問題について学校側と協議しているのだ。

あの人はこう言う。学校で起こったいじめだ。学校側で何らかの措置を取るべきだ。

自分は何の提案もしないのに、“何らか”の要求をするようだ。

あの人の愚痴を毎日食事中に聞いている私が一番抗議をしたい。ただ私が抗議するならちゃんと“黙ってくれ”って言うけど。

学校側の受け口はおそらく困っていることだろう。今対処を考えてるとしか言いようが無いのだから。

学校ではちゃんとカウンセラーもいて、先生も何かあったら言うように生徒に言っている。ならこれ以上どうしようというのだ。

どうも会話を聞いているとあの人はどうしてもいじめをしている主犯格に罰を与えたいようだ。どうせそんなもの見つからない。もし見つかったとしたら、あの人も、あの人も、という風になって学年のほとんどが罰則を受けてしまう。

しかもたちの悪いことにいじめを見てみぬふりをしている人間もいじめの共犯者だ、ということを主張している。あ、罰則は抜きにしてもそれを教えるようにって言ってる。そうすれば生徒の正義感をくすぐって犯人が出てくるっていうことか。

私はこのようなテレビで見たような正義感というものが大嫌いだ。

正義感なんてもののせいでみんなが似たような主張をする。そうせざる得ないのだ。また、そういう風に育ってきたからだろう。恐ろしくつまらない。

何が正しいかなんてことは自分で決めればいい。どうせ完全な正義なんて存在しないのだから。

あの人はひとしきり怒鳴って電話を切った。

あの様子ではまだ怒り足りないようだ。明日は学校に来るな。

私は憂鬱な気分でどろりとしたクリームシチューを平らげた。





あの人は今日も抗議の電話をしていた。

学校の問題はしつこく言い寄った結果、学校の校長が責任を取って辞任することで決着が付いた。結局いじめの主犯格はわからないまま。だけど、なぜかあの人は満足したようだった。

そして今度は病院に抗議の電話をかけていた。

学校の事件で大活躍したことでその統率力を買われ町の代表に任命されたのだ。

なにやらちょっとした医療ミスのようだ。別に誰かが死んだわけでもない。“一歩間違ったら危なかった”ようだ。

今日も病院側に“何らか”の措置を求めているようだ。まあ口には出さないだけで院長に責任を取ってほしいということだろう。

あの人のすごいところは馬鹿みたいに溢れた根気と正義感。そしてそれを周りに伝染させるところだろう。もっとましな使い方はないのかといいたくなる。

あの人はもし、死んでしまっていたらということを言っている。だが、その確率は低かったらしい。それでも死んでいたかもしれない。ということを言っている。

私に言わせれば死ぬ確率がゼロであることはありえない。そして人間が処置をしている限りミスはさけられない。

ちなみに病院はミスを認めていて、それなりのお金を支払っている。

だいたいミスをした医師は優秀だし、反省もしている。やめる覚悟もあると言う。しかし医師の少ないその病院はその医師がいなければ困ることになる。だからそれは極力避けたいのだ。

だからお金と謝罪だけでうまく事を片付けたいところなのだ。

しかし、あの人は一度ミスをした医師を置いておくことが不満のようだ。あれよあれよと文句の嵐。さらにどこで聞いたか知らないが、その医師の悪い噂を持ってくる。挙句の果てに医師や院長の家庭の事情にまで口を出す。

聞いているこっちまでいやになってくる。

私はひどく憂鬱な気分で少し辛い麻婆豆腐を食べていた。





あの人は今日も抗議の電話をかけている。

前回の病院の騒動は結局医師と院長が辞職したようだ。あの人は大満足で、周りもあの人をはやし立てていた。

そしてとうとうあらゆる社会問題に抗議する意味不明な組織を創り上げたらしい。

その組織の最初の仕事として食品会社の賞味期限偽装問題を訴えた。

もちろんすでに警察も動いていて、その食品会社の社長は責任を取らなければならない状況に追い込まれていた。

そこで動くのがこの組織。

どうやらこの組織は問題に対する責任を大きくするためにあるようだ。本人たち曰く世論による正当な責任追及だとか。結果は変わらないからどっちでもいいけど。

こっちとしては夕食ぐらい静かに取らせて欲しい。

しかし良いこともあった。

その組織が出来た事により、あの人が家にいることがとても少なくなったのだ。私は料理が得意なほうだし、あの人はたまに家を留守にするので家事もできる。つまりあの人が居なくたって私は困らないのだ。

だけどこうしてたまにあの人と夕食を取らなければいけないのが憂鬱だ。というか自分が食べ終わったからって、人がまだ食べてるのに五月蝿い電話をするな。

私は珍しく少しイラつきながら、あの人の作った濃い味付けのカレーうどんを静かにすすっていた。





あの人は今日も抗議の電話をかけているのだろうか。

私は今日、友達の家に泊まるとあの人に伝えて、秘密の集会に集まっていた。

集会に集まったのはあの人の被害者たち。それと重要な情報を握っているという人物。その面子で5,6人ほどで少し高級な中華料理店で食事をしていた。皆私よりも年上だ。あ、食事代は向こう持ちで。

実はと言うと一週間ほど前、私は駅でいつかの辞職した院長に出会った。私はあの人が訴える前から面識がある。まあこの町で一つしかない小さな病院なのだ。そりゃあ会ったことぐらいはある。

元院長はとても参ったと苦笑しながら今の自分の状況を話した。なんでも友人の立ち上げた会社でお世話になっているそうだ。前からコンピューターを趣味にしていたからそれが役に立ったと話していた。

その後あの人の立ち上げた組織について話していた。やはり結構な文句があるようだが、どうも私の前だと話しにくいらしく、言葉をいちいち濁しながら話していた。

だから私はきっぱりとあの人の立ち上げた組織なんて馬鹿らしいということを言ってやった。すると、元院長は私にある提案をしたのだ。

あの組織の裏の情報を手にいれた。うまくいけばあの組織を潰すことが出来る。そのために協力して欲しいと。

私はこの提案に乗ったのだ。理由は簡単。あの人に文句を言うためだ。それ以外の何でもない。あの人の創り上げた組織なんてどうだっていい。私はあの人に抗議する。

私はあの人の苦痛にゆがむ顔を想像して、少しわくわくしながら黄金色の炒飯をほおばった。






アトガキ

前に考えていたネタを思い出して書いてみた。書いてからひねくれすぎかなって思ってしまったけど。